詩集「ヒマラヤの風」から
By
幸田比呂
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―目次―
1.「耕して天に至る」
2.「トレッキングロード」
3.「急な雨」
4.「天国の叔父へ」
5.「アンナプルナの風」
6.「ごちそう」
7.「風の学校」
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何千年もの間
稲田は拡大し天に至る
山頂まで開墾し
家は山々に散在する
人々はどのように暮らしているのだろう
いく年世代を重ねてイネを育て
汗の結晶が山の頂上から
山麓まで埋めるように広がる
恵みの糧の収穫が始まるのもうすぐだ
古道がトレッキングロードとなり
肩の上に重い荷物を乗せたポーターたちが歩き
ベテランのガイドが山道を案内する
そこは何百年もかかって敷かれた石の道
騾馬やロバが村人の必需品を運んでいる
稲田は目線の遥か上に広がり
5時間後ようやく高地の村に到着した
今夜の仕事は
ここで深い眠りをむさぼるだけ
山小屋についた途端
雨だ
三千メートルを超えたあたりだ
それはまるでバケツから直接降ってきたような勢い
後からついた登山者は皆 ずぶ濡れだ
早く着いたものはもうビールを味わいご満悦
暖炉を囲んだ人々は
体を温め リラックス
足の痛みは次第に薄れ
ヒマラヤの夜が更ける
この地に彼が来たのは30年以上も前
以来83歳になるまでヒマラヤにやってきた
アルピニスト歴60年
叔父は父と双子で顔がよく似ており
子供たちはお祖父さんのコピーと呼んでいた
叔父は私を野外に連れ出してくれた
それが半世紀もの間
私が山に親しむ理由でもある
今 ネパールの地に立った時
彼のくれた贈り物が何であるかよく判った
その刹那
叔父がすぐそばで
微笑んでいるような気がした
巨大な岩の塊のような山脈が
目の前に広がる
マサラ茶を飲み
心地よい風を受け 椅子に腰かける
犬や鶏たちもテーブルの下で待機
客の落とし物を狙い静かだ
眺めていると
アンナプルナの頂から
雲が突然東方向に移動し
遠来の客に
雄姿を現した
午後5時に注文した
理由は簡単だ
普段より早いオーダー
料理は注文してから作り始める
油でニンニクを炒める
水と少々の塩を加え
5分で出来上がるガーリックスープ
同時に野菜の炒めものにコリアンダーが
私のリクエストで加わった
出来上がったばかりのモモを
ガーリックスープにひたして口に入れる
まるで水餃子を頬張るような気分だ
作りたての香しさ
こんな食事風景がこれから3時間ほど継続し
全ての客が夕食にありつけるのは8時過ぎ
多忙なごちそうつくりが
山小屋の中で繰り返される
午前十時
学校の開始だ
5歳から15歳の子供たちが
村からやってくる
皆同じユニホームで誇らしげだ
開校の鐘の音にひかれるように
険しい坂道を駆け抜けてやってくる
国歌を全員で歌い
それぞれの教室に入ると
静けさと騒音が共鳴し
教師の大声が伝わるようだ
お休み時間の合図がすると
全員教室の外に出て
サッカーやら追いかけっこに興じるもの
草むらに腰かけて
ぼんやと空を見上げる子供たち
まるで天空を舞う蝶が休息するように
アンナプルナの風を受け
全員リラックス
海抜千メーター地点からトレッキングは始まる
水田、雑穀畑を過ぎて
吊橋を渡る
最初の一時間はただ足のストレッチ
残りの5時間は重い荷物を運ぶロバのごとく
急な斜面をよたよた登る
何も運んでいないに等しいのに足がつる
若いポーターたちが重い荷物を運び
そのあとをついてゆくだけ
自分の足で
「太陽の朝」
輝く太陽がヒマラヤ山脈に昇る
反射する光が次第に雲の上に広がり
地平線からはるかにそそり立つ巨大な塊は想像以上
太陽が完全に雲の上に到達したころ
何千年もの間存在する氷河に反射した
その側面が明らかになる
魂が奪われそうな瞬間を過ぎると
日常が回帰する