「カルフォルニアの干し柿」  

目次

.「成田エクスプレス」

.「マンハッタン」


.「ハーフダズン」

.「メープルツリー」


.「蚊」

.「留学生の死」

.「セメタリー 刻まれた名」


.「マヤの人」


.「カルカッタの夜店」


10
.「アバカ」


11
.「椰子の実」


12
.「マカプノ」


13.「虹」

14
.「山火事」


15
.「コーン」


16.「プリトス」

17
.「カルフォルニアの干し柿」
 
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「成田エクスプレス」
もう春だと
成田エクスプレスに乗って思った
朝日まぶしい窓際の席で
ふと外を見ると
さっきまでのビルの林は遠のき
懐かしい田圃が続く千葉に入った
 
田植にはまだだと見え
土を耕す農夫の姿もない
雨上がりの濁った小川に
釣り糸を垂れる少年達
竹林には竹の子がゆっくり
首を持ち上げているに違いない
横浜から90分
電車は第二ターミナルに滑り込む
 
 







「マンハッタン」
 
ニューヨークのビルは生き物だ
ヘリコプターが
トンボのように
ビルの谷間をこそこそ飛び回る
古くくすんだ煉瓦色のビルは
頭に大きな水槽を被り
白くて新しい背の高いビルに
見下されるようにひっそり吐息を殺す
 
教会はさすがに
金色に輝く飾り物を
屋根の上に突き出し
誇らしげだ
 
竹の子のようなビルが
小さな島に
ニョキニョキはえる
お互い相手を意識して
足元が暗くなるのも構わず
背伸びし続ける
 
 
 






「ハーフダズン」
ニューススタンドで
新聞を買い地下に下りると
あのオイスターバーだ
 
カウンターに座り
ハーフダズンを注文する
テーブルの上のクラッカーを
勝手にくちにほおりこみ
バッドワイザーを喉に流し込む
 
目の前に
シェル付きオイスターが
氷の皿に乗って現れる
大きく切ったレモンをフォークで絞り
上に振りかけ
ビネガーソースとケチャップにつけて
一気に飲み込む
 
ふと隣を見ると
老いた男が
見たこともない巨大なオイスターを
ナイフで切って食べ始めた
ああ私もあれに挑戦したかったと
胃に広がるハーフダズンを
恨めしく思う
グランドセントラルの黄昏時
 








「メープルツリー」
 
頭を上げて空を見ようとした
緑の葉が大きな星となって
あくまでも空間を遮る
丸い幹に枝が広がり
星達は午後の風に
さらさら揺れる
川面にこの大木の影が映り
小魚達が休息する場所を
与えてくれる
 
ニューイングランドの小さな町に
年老いたメープルツリーが
生き続ける
六月の風はさわやかで
かすみ雲のかかった空に
大木はそびえ立つ
 








「蚊」
今日は
長袖シャツを着てきたので
もう蚊は気にならない
木陰でぼんやりしていて
蚊の襲撃に逃げ出したきのう
 
川の流れを目の前にみて
大きな楓(かえで)の根っこに
心を奪われる
 
ここでは午後は長く
車の音さえなければ
頭上の小鳥の歌を楽しめるのにと
石橋を通る車に
ヒトのにおいを感じる
 
“アッ”あの蚊がやってきて
突き刺す肌を探している

 
 







「留学生の死」
図書館の前に
岩のモニュメントがある
日本の青年が死んだという
二十二歳の時
 
父と母が
メモリアルの桜の木を植えた
KWANZANという品種の桜は美しく
根元に散り残った花びらを
残していた
八重咲きのピンク色の
美しい見事な桜に違いない
死んだ息子を思う親は
はるばる日本から駆けつけて
何を思ったことだろう
桜は命を咲き続ける
 







「セメタリー 刻まれた名」
この石板に刻まれた人の名を
いま誰が覚えているだろう
 
1800年のある日
エミリーが死に
ここに眠る
と刻まれた石板は
黒いすすけた年輪を刻み
隣人達に囲まれて
眠り続ける
 
ニューイングランドの小さな町
センタメリーの墓石は
夕暮れの太陽を浴びて
何も言わず
心地よく
初夏の風を受けても
無言のままだ
 
石板に刻まれた
エミリーの名だけが今残る
 







「マヤの人」
熱帯のユカタンに眠る
マヤの人々の遺跡を訪ねると
暑い光の下に
鋭く斜面を見せる建物が突然現れた
 
この密林の中に
いったいどの様な生活が営まれたのか
この建物を作った人々の社会は
どんな様子だったのだろう
一歩一歩滑り落ちそうな階段を登ると
意外に早く頂点にたつ
 
下からみる錯角が
建物の角度で作られている
突然消えたマヤの人々の思いは
誰も知らない

 
 







「カルカッタの夜店」
カルカッタの暗い夜道をさまよって
市場に行き着いた
向こうから両足の無い彼が
自分の体を転がしながらやってきた
 
手に皿を持ち
人々が入れるコインを受け止める
私がルピーの紙幣を皿に置くと
すぐに頭のターバンの間に差し込んだ
彼は私が歩くより速く
ぐるぐる転がって仕事をする
なま暖かいテントの市場をめぐる人々に
踏まれもせず
彼は消えた

     

 








「アバカ」
このバナナのような植物から
どうしてこうも美しい
繊維が取れるのか
その不思議さ
人間が取り出した自然の産物
人々はその遺産を育て
生きる糧としてきた
 
葉脈を剥すと
そこから糸になるマニラ麻が取れる
アバカといわれるこの植物は
どれほどこの島の人々の
役に立ってきたことだろう
 









「椰子の実」
大地に転がったその中から
緑の芽が飛び出す
大きな型の椰子の実が
並んで芽を出している姿は
なんとも珍しく
思わずカメラを向けたくなる
 
赤い芽が出ているのもあり
その多様性にまた驚く
この熱帯の地で
悠久の生を保つ生き物は
5年後また新しい命を生み出す

 








「マカプノ」
ここにマカプノという椰子がある
いつのころ誰が見つけたのか
あのココヤシの甘い汁が
白い胚乳に満たされて
新しい香りを作る
 
人々はこれをマカプノココナツと呼び
味わいのあるデザートに変わる
発芽しにくい胚を切り出して
試験管の中で育てられたこの植物は
一年六ヵ月たって
ようやく大地に根を張る
 
大切に育てられた新しい椰子
マカプノの実がなるまでの五年間
南の島のココナツ畑が
その育成をゆっくり守る
 








「虹」
南の島に虹が立つ
この頭上のまっすぐ上を
目で追うと
そこには虹が
雲の谷間にかかっていた
 
天上の虹は雨の予告もなく
ただ不思議なまでに
当り前のように
遥か天空に
トロピカルな輝きと
色調を見せる
椰子の樹のその上に

 
 







「山火事」
空がない
目が痛い
 
人々が焼いた
天然の森からやってきた煙は
国境など気にしないで
やって来る
 
青空はここ何ヵ月も見えない
大量の二酸化炭素が
空中に漂い
数知れない生き物が
死に瀕する
 
人々はマスクをし
家に閉じこもり
じっと
山火事の終わるのを待つ
灼熱の太陽の下で
 







「コーン」
メキシコから土産にもらったトウモロコシ
遠くアンデスに祖先を持つ
トパーズ色とアステカ色の二種類
アントシアニンが美しく沈澱し
まるで宝石のような種子の列
 
同じものが出来るかと
数粒とってベランダの鉢に植え
夏が来た
青々とした葉を大きくつけ
トウモロコシはよく育つ
秋の台風はビルの谷間に風を起こし
おおかたの葉を折ってしまった
それでもトウモロコシは育ち続け
髭のように伸びためしべに
花粉をつけてやると
コーンの部分が大きくなってきた
 
恐る恐る開いてみると
種子は少し黄色で
ここはメキシコと違うことを
教えてくれた

 
 








「プリトス」
妻の作るメキシコの味
プリトスには
ニワトリの柔らかい肉が入り
スパイスの効いた味が
舌に広がる
ああこの味だと
メキシコシティーの下町の
レストランで食べた
プリトスを思い出す
 
トティーラの代わりに
春巻の皮を使い
なんとなく東洋っぽい味もまた良い
チリビーンにチーズが加わり
この家の味となった
プリトスをほおばった
 
 
 







「カルフォルニアの干し柿」
毎年冬になると
カルフォルニアから
干し柿が届く
もう何年続いていることだろう
 
白い粉が全面に吹き出して
甘い柿の味が口中に広がる
サンノーキン盆地の太陽の下で
じっくりと干された柿
 
日本から
六十年も前にやってきた
彼の母が植え
いま彼が作る
この自然の柿は天の恵みであり
人の心遣いの贈物でもある
 
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