入院するとすぐに
短期検査室に落ち着いた
6人ベットの大部屋だ
自宅通院の人
再来治療の人
薬物内科的処方の患者
つい先日
私と全く同じ手術をした人は
「痛みも無く快適でした」
ーーといってくれる
快適ではなくとも――
お腹を切り開かれるのは大変だろうと
まだ知らぬ世界を経験した人の言葉を
かみしめた
夜になると
大部屋に静けさが戻り
眠られない人は
寝返りを打ち
大いびきをかいて寝込むヒトは
幸せに見える
昨日まで水泳やら
ジョギングやら
ゴルフに興じていた人が
皆同じように
「信じられない」と言葉する
わが身に起きたことが
話に聞いた出来事より
不思議に思える
それほど皆
身に覚えが無いのだ
明日の検査に
ただわが身を任せようと努力する
普段にはない素直さが芽生え
眠りに誘われる
ふと目覚めると真夜中だ
大勢の人が「ザワザワ」とやってくる
出来るだけ音のしないように
気をつけているようだが
そのことが
ことさら心を震えさせる
どうも誰か死んだらしい
家族が来たようだ
うとうとしているうちに
眠りに呑み込まれ
気がついた時は
何事もなかったような
朝だった
この日からすべてが
変つて見える
この日から
すべてが
大切に思える
自分のことなのに
何か他人の体を見ているようだ
エコー画像は
これが腫瘍らしいところを示す
分裂を繰り返す細胞の固まりは
肝臓を押しのけるように
肥大するのだろうか
窓ガラスの
向こうを見れば
街ゆく人の力強い歩みが
瞳に飛び込む
大きな病をいただきました
何とうろたえた事でしょう
すぐに
「もう死んでしまうのだろうか?」
―とか
―「妻や子供たちは
どうやって生きて行くのだろうか?」
−とか
「わたしの人生は
何だったのだろうか?」
−と悩みは尽きません
肉体には終焉があり
それがいつ来るのか
わたしたちには知らされていない
大きな病を告知されたとき
それは
「あなたの体は
もう少し生きてもいい」という
メッセージにも聞こえました
何も望むものはありません
何もほしものはありません
これまで何をして来たのでしょう
大したことをしたようには
思いません
一人勝手に振る舞い
ずいぶん気ままなことばかり
やってきたのでは
ないでしょうか
感謝のことばを
素直に出せなくて
心の中で「有難う」と
何度も呟いているのです
これが見納めかと思ったことがある
そうならば「最後の別れをしよう」と思った
これが最後かと思ったことがあった
そうなら一生懸命でありたいと思った
いつも見慣れた光景が全く新鮮になり
いつも歩いた道が輝く天の道にも見えた
この流れるときでさえ
自分にはどうすることも出来ない
が、時は確実に与えられ
そして消えてゆく
だから このひと時ひと時が
もしかすれば
見納めだった
いつも最後のときを送っていたことに
いま気がついた
癌患者であることを
忘れていました
時折うずく
お腹の傷跡に手を触れて
ああ
癌だったんだーとつぶやく
手術して
もう6ヶ月
この間
息子の結婚式にも出られた
富士山にも登った
アメリカにも行けた
体重も3キロ減り
減量にも成功した
テレビをつけると
癌と向き合う人々の話だ
誰でも
癌になれば治りたいと願う
有効な治療法はないかと
思い悩む
いい先生はいないかと
捜す
「延命」という希望が
番組のテーマであり
いい治療を受けるには
どうすればいいのか
ーと真剣に考える人々
人はいずれ死ぬ
それが交通事故であれ
癌であれ
突然やってくる
宣告を受けてからが
戸惑いの迷路だ
それを「戦い」という人もあれば
「忍耐」と思う人もいる
――入院し、医者や看護士の働き
思いやりに触れたとき
命が
かくも大切に扱われ
驚きの日々に変わる
降りかかった病
その痛みと
どう付き合えばいいのか
静かな時間が与えられた
なにもしないより、
何かしたほうがいい、
黙っているより、
ひとに話した方がいい、
思い悩むより、
聞いたほうがいい
座っているより、
動いた方がいい
体がきついと思うより、
生かされていると思うほうがいい
病気になったと思うより、
病気にしてもらったと思うほうがいい
痛いと思うより、
治されていると思ったほうがいい
解決したいと考えるより、
お礼したいと思う方がいい
終わったことを悩むより、
任せる気持ちになったほうがいい
先のことに迷うより、
いま迷った方がいい
何か手立てを考えるより、
誰かのためになるように祈った方がいい、
それが罪なのかどうか考えるより、
誰かが助かると信じる方がいい、
自分で自分を守ろうと思うより、
自分を捨てる方がいい、
嫌われないようにするより、
嫌いにならないほうがいい、
嫌なやつだと思うより、
良いことを言ってくれたと思えるほうがいい
一人でやれると思うより、
一人では出来ないと思うほうがいい、
楽をしたいと思うより、
苦労する方がいい、
それは
ベットの上で
はいずる回るような一日だった
心はうつろで
何をやりたいとか
何が欲しいとか
思うことまで自由にならない
一日だった
自分の心は縛られないはずなのに
病という身に降りかかった出来事が
心を閉ざし
希望を閉鎖する
おもいはただ
一日を生きる
いや生かされる
はかない望みにたくし
遠大な希望や妄想は消えてゆく
そうだ
こうして今あることに
希望がつまっている
じっと病室の天井をみつめると
見えないはずの青い空が
心の中に飛び込んだ
病気が治りますようにと
痛みが取り去られますようにと
祈るのは回復のことばかり
祈るのは願いばかり
こういう祈りはどうでしょう
病の原因は増殖する細胞
これも私の体の一部分
心臓に「止まれ」と
命令しても彼は休まない
ご飯を食べれば考えなくとも
胃は働きを開始する
そうです
こう祈りましょう
「あなたががんばれば、
あなたの体が死んでしまいます。」
「あなたが静かにしていれば、
あなたの体全体も長生きするのです。」
だから
「静かにしていてください。」
そうすれば
あなたの体も
あなた自身も
長生きできるのです
体は元気で
あなたは静かに