「高校時代から」
目次
1.「U君」
2.「重量挙げ部」
3.「盲学校」
4.「教会」
5.「アルバイト:青年の家」
6.「アルバイト:コンロ磨き」
7.「マラソン 」
8.「相撲」
9.「盗難」
10.「チャーハン」
11.「教育実習」
予備校のとき日報の試験でよく順番を争った
上位に入ると次回はただで試験を受けられた
名前も張り出された
高校に入り
そんな彼とまた同じクラスになった
入学した途端
大学受験の話をしているので驚いた
お兄さんが京都の大学にいると自慢していた
とにかく僕らは勉強に役立つクラブを選ぶことにした
早速物理部にいった
先生が「このクラブでは物理の成績がよくなるわけではない」
と説明された
二人はすこすこ退散し
それぞれ希望のクラブを選ぶことにした
僕は英語部に入ったが
U君はどこにいたのだろう
しばらくして彼は高校からも姿を消した
極度のノイローゼが原因と後で知った
このとき初めて
退学の意味がわかったような気がした
2年生のとき遊び半分に
体育館の二階の踊り場にあった
バーベルでときどきベンチプレスをした
3年生のときだ
重量挙げ同好会のミドリカワ君が
新しいクラブを作るから入れといってきた
何とウエイトリフティングのクラブだ
だいたい体も細く力もない僕がと思ったが
強引に入れられてしまった
そんなわけで緑川君
全校生徒の前で
新クラブ設立の趣旨を説明した
筋肉隆々の彼が
男らしいたくましさをつけるクラブだと
大声で言ったものだから喝采を浴びて
すんなりと通った
受験を控えた3年生が
体育館で準備体操のようなことをして
バーベルを担いだ
もっとも僕は
軽めのやつをいかにも重そうに上げたりした
卒業のときの記念写真で
バーベルの前で腕組みした僕たちは
いかにも誇らしげだ
何かのボランテアーで
上田の盲学校に出かけた
校門を入ると
ソフトボールをしている人たちがいるので驚いた
皆んな目が見えないものと思い込んでいた
玄関で「教室はどこですか?」と聞いた
一人の盲学生が「ついてきてください」と
すたこら すたこらと歩き出した
「足元に注意してね」といってくれた
何とかついていったが その速さに驚いた
廊下をあちこちくねくね歩いて目的の部屋に来た
ついてみると 李さんなどもう他の人が来ていた
皆とめどもない話をしたり笑ったり ゲームもした
僕は外山甚句を歌い手拍子までもらった
目は見えなくとも
こんなにも心の明るい人たちがいることに
こちらのほうが励まされた
天神下のバブテスト教会だった
スギヤマ君に誘われてしばしば通った
級友もきていて さながらサロンのようだ
礼拝にでて 牧師の説教を聴いた
その後大人を囲んでお話し会があった
「仏壇で拝むとときどうすればいいのか」と
クリスチャンのおばあさんが若い牧師に尋ねた
「心の中でアーメンと祈ればいいのです」と回答された
僕は「そんなのはおかしい」と牧師に反論した
何でも反対するのが若者の権利だと信じていた
聖書も読まないで議論だけが先行した
何十年かして
所沢で牧師になったスギヤマ君に合った
あのときの穏やかな表情のままだった
自民党の支部に行った
アルバイトは
「国立青年の家」を誘致するためのビラ張りだ
なんでも自民党の幹部が来るので
僕たちは盛岡駅から厨川までの電信柱に
ビラを貼った
寒い冬空の下自転車で回り
かじかむ手をあっためながら仕事がつづいた
事務所に帰ってみると
責任者が
人の目に留まるところに張ってくれたかと聞きただした
どうせ車でサーと道りすぎるのに
本当に人の目に留まるのだろうかと気になった
地元の盛り上がりが大事なんだろうと解釈したが
大人のやることが理解できなかった
・
結局 翌年は採択されなかった
何年かして新聞に
「岩手山麓に国立青年の家建設」という記事がでた
あの時張ったビラのおかげだと
そのときは思った
師走の最中
高校にアルバイトの話が舞い込んだ
盛岡ガスの仕事だ
男子生徒がふたりずつペアーになり
20人くらいで家庭を回った
家々のガスコンロをチェックして
燃えにくいときには磨く仕事だ
自分の家の台所しか知らない僕たちには
他人の台所が珍しく
普段やらないサービスに意気込んだ
時にはお菓子やお茶をいただき
仕事とはどういうものか体感した
数日後仕事もなれたころ
仲間の一人に
新しいコンロの注文を
10台ももらってくるやつが出てきた
積極的にお客に話しかける男で
売り上げ抜群になった
お昼も出してもらったと聞き
僕たちは驚いた
彼の将来がそこで決定したように感じた
いつも早く走りたいと願っていた
一年間の予備校暮らしのせいで
運動から離れていた
マラソンで頑張ろうと
よく雫石川の土手で走った
自転車を置いて柳の茂る川べりを走ると
すぐわき腹が痛くなった
そんな練習をしているうちに
恒例のマラソン大会になった
最初は何とか皆についていった
黒石野あたりが折り返しだ
じりじりした夏の太陽が水分を奪いだした
校門に飛び込んだ途端僕は気を失った
気がつくと保健室だ
他にも何人か倒れた人がいたようだ
何を思ったのか無我夢中で
僕はまた走って校庭に飛び出した
ゴールをきった途端
二度目の気絶をして
また医務室にかつぎ込まれた
体中から生まれてはじめて
気力というものが失われているのがわかった
完全な消耗と脱力感を背負い
しょんぼりとクラスに帰り
席に着いたが
誰も僕の身に起こったことは知らなかった
あれは小岩井牧場だった
高校生の遠足だ
僕はアベ君に挑戦した
中学の頃左四つで
投げ相撲に自信があった
行司役のアオキ先生の軍配が上がった
ハッケヨーイの声までは記憶しているが
バレーボール部の大型ストライカーにぶつかった瞬間
目から稲妻のような光が飛び出し
気がついたときは
土俵の外に飛ばされていた
大きな痛手をこうむった手負いの羊のように
僕はとぼとぼと下駄をならしながら
カラマツの並木に沿って
小岩井駅まで歩いて帰った
ある日他校の人たちがやってきた
しばらくして放送が始まった
{ただいま00高校の人たちが参りました。
靴がなくなって困っていますので心当たりのヒトは返してください}
ーーみんなどうやって帰ったのかと心配になった
体育のとき時計を着替え室に置き忘れた
戻ってみたがもういなくなっていた
居室の隅に
破れた帽子をおきわすれた
翌日着てみるとなくなっていた
あんな汚い帽子をかぶるやつの顔が見たいものだと
それからの毎日は
帽子をかぶった男を捜しつづけた
県庁が引っ越してきた
新庁舎の立替のために
白亜の古い建物にやってきた
校庭をはさんで大人たちの職場が出来た
食堂もそのひとつだ
ときどき珍しさもあって食べに行った
ある日見慣れないメニューに出会った
チャーハンだ
僕は恐る恐る注文した
何が出てくるのかわからなかった
皿の上に丸い小山の焼き飯と
スープがついてきた
さあ これからが問題だ
どうやって食べるのだろう
スープについてきたスプーンは
どう使うのだろう
・
周囲を見回したが
誰も同じ物を食べていない
しかたなく
焼き飯をスプーンでとり
スープに浸して口に運んだ
何か異国の珍しい料理を
自分だけで味わっている気がしたが
誰かに見られているような錯覚で
味もわからなかった
母校の教育実習生として教壇に立った
最初は男クラの担当だ
壇上で一声「オッス」と発したところ
急に打ち解けた
自分が教育者として適していると何となく感じた
混クラも担当した
授業の終わりに女子学生がいい先生になってくださいと
アンケート用紙に書いてくれた
単位をとるためにだけいったことがすこし恥ずかしかった
・
毎朝職員会議があった
生徒だったころには思いもかけない難題が
毎日のように報告された
先生の苦労を知ったのもこのときだ
研修の最後の夜
教室でビールが配られた
高校生のときには思いがけないことが
大人の社会にいる自分に気がついた
大きなジャイアントビールを
何杯も空けてしたたか酔った
ここが母校であることを忘れてしまった