By 幸田比呂
「MiyagiからAkitaへ」
―――――――――――――――――――――
目次
1.「宮城から秋田へ」
2.「峠越え」
3.「泥湯の風」
4.「手打ちそば」
5.「渓谷は遥か遠くへ」
6.「須川の記憶」
―――――――――――――――――――――
昔の人はどうやって
この奥深い峠道を
越したのだろう
素朴な疑問がわきあがるほど
山道は深い谷を抜ける
長いトンネルをくぐり
ようやく出ると
そこは秋田杉の
見事な風景
地図で見た峠の茶屋は店じまい
人影すら見られない
客が来なくては商売にならない
当たり前の論理がこの山中でも同じなのだ
ようやく見つけた
間道への道
昼飯はこの峠を越えてからにしようと
山脈の絶景を展望しながら
車を進めた
MiyagiからAkitaに入った
さびしい峠が往時を偲ばせ
旅人達の苦痛が聞こえるようだ
秋の宮という美しい名前の地をこえ
深い山の道は積雪期には閉ざされる
秋田杉が堂々と軍団となり
初夏の風を浴びている
河原毛地獄には
硫黄の煙が立ち込め
植物の育たない谷が眼前に広がる
立ち入り禁止の標識が危険を知らせ
目には見えない空気が漂う
ここを駆け下りると
湧きあがる湯の里
乳白色の露天風呂には客もなく
太陽のもと心と体を癒すに十分
噴火した火山の底から
こみあげるようにして湧き出した湯
硫黄の花が乳白色になった
夏の太陽が照りつける中
旅人は湯船に浸かり
青い空を見上げる
トンビが高く空を舞い
一人だけ時間を費やしていることに
贅沢さを感じるのは
旅人だけ
山里の一軒家にソバ屋がある
道路脇だが急いでいれば
見過ごされそうな店
十割そばを注文し
周りを見渡すと
常連客がやはりいる
出てきたそばは
ごそごそしたもの
箸でつかめば
きれそうな不揃いさ
そこがよくて通う旅人もいるのかと
生わさびを付けて
口に滑り込ませると
あのそばの香りが
口いっぱいに広がった
かってここはいかなる風景だったろう
立派な道路ができ
橋ができ
人々は行楽という喜びを求めて
この地へやってくる
深い渓谷のそこには何があるのか
そこを通った旅人は何を思ったのか
冬ともなれば
深い雪に覆われ
長い静寂に包まれる
今
それを求め
人びとがやってくる
あの時は土砂降りの雨だった
大露天風呂が土石流に流され
乳白色の温泉が泥一杯になった
大きな地震もあり
この温泉も大打撃を受けた
今
新築の旅館が開業
一部はまだ工事中
作業員たちが忙しそうに
うごきまわる
あの露天風呂も改修され
透明な湯に変わっていた
――――――――――――――――――――――end