「モリアオガエルから


    
「モリアオガエル」

    「ディエゴの島」
    
    「まつり-遠野」

    「もっこ岳−八幡平―」

    「秋田の風」

    「島歌-―瀬戸内―」

    「旭川」

    「岩と海-風のささやき-観音崎」

    「牛を育てる人―紫波―」

   10「空-ハマナスの浜辺-」
  
   11.「山行く人」

   12.「珊瑚の浜−竹富島―」

   13.「秋田―千秋公園」

   14.「消えた雲」

   15.「焼石岳」

   16.「森―ニューイングランド」

   17「冬支度―雪の軍団―」

   18.「北の雲」

   19.「地球の一部」

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「モリアオガエル」

 

何を思って

生きているのか

カエルの子

 

この山深い

沼につかり

黒い体を

太陽にさらし

まるで一匹が

二匹に見える影を伴い

時々泥の中に

首を突っ込んで遊ぶ

 

オレはれっきとした

モリアオガエルの子供だと

花咲き終えた

ミツガシワの群落の中で

泳ぎ回る

 

イモリに追いかけられても

もう食われるほど

小さくはない

 

真夏の太陽は

ここでは

やさしい友だちだ

                        

 

 

 

 




「ディエゴの島」

 

赤い

カロヤ屋根の家々が

静かに時を刻み

ディエゴの樹が

人々を迎える

 

唯一の舗装道路が

島をまっすぐ

走りぬけ

 

二億年以上も前に

有孔虫の作り上げた

星砂の浜辺が現れた

 

死んだ珊瑚(さんご)の

化石の上に

島ができ

人が生きる

 

ひっきりなしに

やって来て

ここに

魅せられた人々を

見送るのも

ディエゴの樹だ

                        

 

 

 

 

 

 

 

 

「まつり-遠野」

 

森は里人の祭で一杯

八幡神社には

色とりどりに着飾った

近隣の人々が

子供たちを

取り巻いて

集まる

 

鳥居から

本殿へ踊りを奉納し

 

午後ともなると

流鏑馬(やぶさめ)の道が

祭の舞台

 

森の中に

笛や太鼓の音が響き

黄金の田圃が

風に揺れる

 

遠野の盆地に

獅子舞の心が

天を翔けるとき

冬はついそこまで

到来だ

                       

 

 

 

 

 

 

 

「もっこ岳」

 

何という山だ

山というより

もっこり突き出た

土の塊

 

八幡平の頂(いただき)を

横目に

「もっこ岳」が

何かを引き付ける

 

ハア、ハア、

息をついて

三十分も登れば

 

頂が暖かく

人を招き

遮るものはない

 

飽きるという言葉を

忘れてるほどの

展望に

見とれていると

 

そのさきを

道路が走り

「もっこ岳」には

似合わない

                       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋田の風」

 

空港に降り立つと

肺の中に

突然

あの空気が

取り込まれる

 

豊潤な

杉や松の

天然の香りが

秋田の風に乗って

漂う

 

同じ地上に

生きる人間が

取り込む空気が

こうも違う

 

ここはそれほど

空気が透明なので

都会の客が

忘れた香りを

おもいださせる

                       

 

 

 

 

 

 

 

 

「島歌-―瀬戸内―」

 

夕暮れの島に

今年も

人々が帰ってきた

 

瀬戸内のこの島では

平家の霊を慰めようと

盆の踊りが

いまでもつづく

 

櫓(やぐら)の上から響く

太鼓の音に

連れてきた孫たちは

微笑みながら

身振りをまねる

 

かすかに聞こえる

波音にまじった

島歌が

記憶のなかに

よみがえる



                        
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旭川」

 

旭川といえば

いつも通り過ぎる町だ

 

十勝岳を下ってきて

美瑛の山々を背に

バスにゆられたあの時

 

旭川の町は

灼熱のビルに囲まれていた

私は飛行場にむかい

飛び立った

 

十勝岳の頂から

川崎まで

たった一日の旅だった

 

今日もまた

連休のこの日

上川から旭川へ来た

 

低気圧と雨で

町は霧に包まれていた

 

乗り換え時間を

楽しむこともなく

札幌行きの

オホーツクに乗った

 

旭川の町が

遠くにかすんで

離れて行った



                      

 

 





 

「岩と海-風のささやき-」

 

聞こえるのは風

音が草のささやきに乗り

潮の香りと共に

耳に寄せる

 

黒々とした

落下しそうな岩が

突き出る海原

 

地の果てを

見せるように

道路が水平に走り

 

この音だけが

何かを忘れたように

幾万年も続く

              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「牛を育てる人―紫波―」

 

牛を育てる人がいる

紫波(しわ)の田圃は雪白く

ハア、ハア、

息を吐きながら

牛の出したフンとワラ

運んで息する人がいる

 

あまりに

牛がめんこくなって

添い寝の夜も

何度(いくたび)

 

もちろん

子牛が生まれるときは

自分の手で

引っぱり出す

 

育ての親と子牛も思い

合わせる瞳は

光ってる

 

冬は寒くて厳しいが

暖かい心の人が

生きている

 

もうすぐここにも

春がくる

              

   

 

 

 

 

 

 

「空-ハマナスの浜辺-」

 

紫のハマナスの

咲き競う浜辺

 

微笑みすら浮かべず

静かにただ

風に身を任せ

咲き続ける

 

見渡す限りの

大海原に

広がるものは

それぞれの島影と

大地から沸き立つ雲

 

吸い込まれそうな

空に

心が飛び込む

                       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山行く人」

 

山を歩く男がいる

小学生の時

五万分の一の地図を頼りに

鬼越峠を歩いたという

 

以来

山歩きは一生のものとなり

岩手の山を何回も登る

 

先祖は山の神を祭り

農民の味方として

山の伏の道を歩き

 

彼の血脈に

登れ登れと

命を吹き込む

 

ちょっと

心臓を痛めたが

ゆっくり

カタツムリのように

歩み

ブッシュをかき分けて

登る

 

山頂らしき所

その素晴しい自然の存在は

彼以外

誰も見ることがない

「何とも言えないな」-と

一人ごとをつぶやき

握り飯をかみしめる姿が

山の上の

大きな雲に反射する

 

一人の男が

自然と対話するイメージは

永遠だ

                       

 

 







「珊瑚の浜−竹富島―」

 

珊瑚の死骸が

打ち上げられる

海辺に立てば

 

素足に

突き刺さるような

砂の泣き声を聞く

 

紺碧(こんぺき)の空の下

波は静か

 

グンバイヒルガオや

浜木綿(はまゆう)が

風に揺れる

 

拾い上げた

死んだ珊瑚の塊は

白い化石にも見え

 

この浜辺に

幾万年も漂う

              

 

 

 



 

 

「秋田―千秋公園」

 

秋田を訪れ

千秋公園に行った

 

駅から路地を入り

取り残されたような

古い家の写真を撮りながら

公園に行った

 

不思議な事に

この城址は

石垣も無く

緑の苔に覆われた土塁が

大きな山に見えた

 

松や桜の老木が

その古い幹に

冬の支度の藁を

巻かれて立っていた

 

日本海の

冷たい風が頬刺す

十二月のこの日

 

大きな城跡には

人もまばらで

カラスが

我が物顔に飛び回る

 

ふと振り返ると

今下りてきた

本丸の石段目がけて

白いユニフォーム姿の

高校生の一団が

駆け足で集まってきた

 

その時

雲の間から

光が差し

久保田城が輝いた

                        

    






 

「消えた雲」

 

いま

この雲の下に

生き続けるものは

大海の中にしか

見当たらない

 

暑い太陽が

ようやく

一日の務めを終り

沈もうとしているときに

雲の立つ

紺碧の海の中を

覗く手だてもない

 

島影は

だんだん遠くになり

あの雲は

どこかに消えた

そのあとには

伊豆の山並みが

沈むようにいきている

                       

 

 

 

 

 



 

「焼石岳」

 

神々の残した山脈が

何処までも続く奥羽

 

鳥海山が雪を頂き

そびえ立つ

 

早池峰山は雲の上に

首をもたげる

あくまでやさしい岩手高地は

起伏をとどめ雲に霞む

 

焼石の山頂 

風強く

水が流れるように

草のうねりも美しい

 

山は生きていることが

風と草木に感じ取られ

 

人間はここでは

あくまでも小さく

へばりつくアリのようだ

 

奥羽の山系

遠くに眺め

焼石の美しさは広大で

幾万年も

絶えることはない

                                     

 

 

 






「森―ニューイングランド」

 

ニューイングランドの森

明るく強い太陽の光に

メープルの葉がキラキラ光る

 

川の流れはあくまでもゆるやかで

時間がここでは止まりそうだ

朝の光りを反射した川に

虫たちが泳ぎまわる

 

大きな石の橋をトラックが駆け抜けると

その瞬間だけ人のにおいがし

また静寂があたりを包む

 

森の小道にリスが遊び

時々若い女がジョギングしてくると

さっと樹の陰に隠れる

 

ただ緑の森と静かに流れる川

その上に雲がまたゆっくり漂う

              

 

 

 

 







「冬支度―雪の軍団―」

 

城山に登ると

松林が目に飛び込んでくる

台地に立てば

人間の営みを語る

城下町が眼下に広がる

 

筵(むしろ)を

幹に巻つけられた

赤松や黒松たちは

 

何十年も

そこに立ったまま

冬将軍の到来に備える

 

こうして長いあいだ

松は人に守られてはいるが

それはあたかも

古城の跡地を守る

腹巻をした兵士にも見える

 

池を挟んだ

向こうの丘の斜面に

ぴんと

稲藁で飾られた木々が

雪の到来を待ち

軍団は勢揃いだ

                       

 

 

  





「北の雲」

 

北に直進する電車が

冷たいコンクリートの

群れから離れる頃

 

ぽつりぽつりと

緑の空間が開け

一つづきの

帯になる

 

全力疾走する物体は

忘れていた

緑の空間に飛び込む

 

雲はここでは

あくまでもゆっくりとし

「なぜそんなに急ぐんだ」

―といいたげに

 

変わらぬ姿の

山脈の上で

ゆらゆら

体を浮かしている

                       

 

 








「地球の一部」

 

限られたところを

歩いていても

そこは地球の一部

 

こう思えば

毎日

地球を歩いている

公園に足踏み込めば

別の地球があり

 

あの橋は

地球にかかる空間を渡す

プラットホームのようなもの

 

坂を登ると

地球はデコボコなことが分かる

ましてイチョウ並木などは

地球を母とし生きるそのものの姿

 

人工の町とはいっても

ほんの地球の一隅なのだ

                                        

 
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