詩集「Nagasakiから」

by幸田比呂

 

―目次―

「消されない記憶」

 

「水を捧げて」

 

「焼けた像」

 

「黄昏の表参道」

 

「沈黙の海」

 

「海見る人」

 

.「海峡のうず潮」



「墓地再興」

 

「流人の叫び」

 

10「開国の光」

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「消されない記憶」

 

この公園が記憶にとどめるものは

消え去ることのない過去

何も残らなかった

爆心地の公園

平和を祈る人々が集う

 

 

数えきれない折り鶴が飾られ

子供たちも黙祷する

 

消え去った過去に

思いをよせる時

突然

近くのサッカー場から

高校生の歓声が

この丘にこだまし

平和の風を呼ぶ

 

 

 

 

 

 

 

「水を捧げて」

 

年老いた被爆男性

毎日死者の霊へ水を捧げる

水が飲みたいと

叫んで死んだ友

魂の昇華

修学旅行の子供たちも加わる

原爆という言葉に

言い尽くせない悲劇が

容赦なく降りかかり

命が苦痛のうちに奪われた

生き延びた者も80歳を超え

懺悔を込めて水を

捧げる

 

 

 

 


 

「焼けた像」

 

教会は再建された

その前庭に

爆風で吹き飛ばされた

首のない石像が残る

再生された教会は

往時を偲ぶ面影はない

子供たちの一群が

ガイドの説明に耳を傾けている

記憶が現実になり伝承される

 

小さな坂道を下り

建物の裏側に回ると

かつての鐘楼の土台石が

吹き飛ばされたまま

残っていた

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「黄昏の表参道」

 

天主堂の参道

黄昏時には

すべての店がしまる。

巡礼者のすがたは

ここからも消え

石畳を踏みしめて教会に向かい

祈りをささげるとき

昼のにぎやかさとは裏腹に

歴史に翻弄された人々の魂が

海の向こうから

押し寄せてくるような

気配を感じて振り向いた

 

 

 

 

「沈黙の海」

 

信仰のため

命を捧げた人々

残酷な歴史に光が当たり

忘れかけられた事実を

飲み込むように

太陽が海に沈む

 

丘の上にぽつりと残る

天主堂が過去を語り

何世紀にもわたって保たれた

沈黙が破られる

どこにでもありそうな

田園風景の中に

自由がこだまする

 

 

 

 




「海見る人」

 

誰かが残さなければ

記憶されない

証明や込み入った手段は

さらに混迷を深める

時代に直面した人々は過去となり

この世から消えた

現存の記録と風土を頼りに

物語がつくられる

ある人がその役目を担わされ

誘導されるように描き出した

何かを求めて

人々はここにやってくる

深い海の底から訴える

叫び声を聞いた人々は

その魂に共鳴し

じっと海を眺めている

深い歴史の意味するものが

この海の底に眠る

 

 

 

 

 

「海峡のうず潮」

 

内海と外洋の接点が

この海峡に流れ込み

渦となり引き潮

満ち潮にエネルギーを

さく裂させる

 

人間が住む以前から

この光景は存在し

生き物たちも

自然のままに有った

 

大きな橋が架けられ

人々が移動すると

その流れに引き寄せられるように

名所になった

渦巻く潮の流れが

魚をたくましくし

そのエネルギーを

食に求める人が集う

 

 

 

 





「墓地再興」

 

この光景は自由への証

当たり前のようで

かってはあり得ない光景

墓標が誇らしげに天をみつめ

魂の自由が守られた

人里離れた小島の先端に

過去に起きた事実が蘇り

過ぎ去った人々の無念さが

消え去るほど

彼らは堂々と建ち

先祖の霊を守る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流人の叫び」

 

物語は過去

時は流れ

忘却という文字も風に飛ぶ

平家の時は

すでに900年も以前のこと

時代に翻弄されたものの魂は

今も人々をひきつける

 

偶然通りかかった島の裏道

閑散とした竹林を潜り抜けると

そこは荒海にもまれ

太古の岩石が

積み重ねられた地

 

一人取り残された僧侶が

悲しく生涯を閉じたという

伝承の地

その事実を確かめることより

悲劇の主人公に思いをはせる

 

今 

高々とそびえ立ち

島を結ぶ架け橋を見て

彼は何を思うか

 

 





「開国の光」

 

かつては要衝の地への入り口

伊王島灯台は

外国船への安全を約束し

新たな西欧への道が開かれた

 

長崎という

特別な地への入り口

灯台守たちは

隔離された島で生活し

荒海や寒さの中でここを守った

雨水を集め飲料とし

人々の努力が

船の安全を支えた

美しく輝く海原の彼方から

渡来する人々に

希望の光を灯し続け

この島の先端に君臨する

 

 

 


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