幸田比呂詩集(copyright reserved)

 

「湿原の風」から

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-目次-

.湿原の風

 

.「フロンテア・アート」

 

「湖の風」

 

「開拓の痕跡」

 

.「カルデラの水」

 

.「峠の雲」

 

.「森羅万象ハーモニー」

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「湿原の風」

この雲とこの風の香りは

何に例えたらいいだろう

目の前に突然広がった大湿原

雲が切れ その間から現れた空間

ミズナラやハンノキが点在する

小さな島らしき造形を形成し

湿原が点と線で結ばれる

今日は休日というのに

人の動きがない

クマに注意という看板が立ち

彼らも現れない

シィーンとした空気の音が

耳鳴りのように聞こえる

――ようやく後続の人々が到着した

その途端

彼らの上げた歓声がこだまし

現実が再現される

雲は地平線の彼方まで後退し

その下に青々とした山々が連なる

雁の群れがまるで描かれたように

西の空に飛んで行くと

湿原の風と共に霧の中に消えた

 

 


 

 

「フロンテア・アート」

 

ここは誰も分け入らない原野だった

ある時からヒトが入り

ほんの一部の森が生活の場となった

空をかける鳥たちに国境は無く

四季を通じて彼らはやってきた

ヒグマやキツネなどの動物たちは

この地に生まれ そして死んだ

 

湿原と呼ばれる大地に魅せられ

命を懸けた男の人生が

そこに生まれた

目から飛び込む

すべてのオブジェが

絵の中に移入された

自らの歴史の傷を背負い

天に召された幼子は

キャンバスの中で成長しつづけ

花の精になった

この男の眼はまるで

魚眼レンズか広角レンズのように働き

常人の視界をこえて

天から地までそのすべてが

刻み込まれたマチエールの跡

自然から授かった画法は

屈強な男が獲物を追う姿に投影され

働く者も獲られるものも一体化し

現実とメルヘンの世界の間を行き来する

満点の星空に鳥が飛翔し

やがて体を休める冬ともなれば

画人は寒中の雪原に立ち

凍えた手でクロッキーに時を忘れた

人生の全てが封じ込められた画版

絵の具の跡

そのすべてが

テルペン油と共に昇華した

 

 

 

 



 

「湖の風」

 

遊覧船が就航すると

桟橋から女性の声がこだまする

短い航海がアナウンスされ

白亜のホテルに囲まれた湖は

アイヌの神々として

あがめられた山々に向かい

波を立てて進む

観光客が次々乗船し

にぎやかになった

湖面を秋風が走る

ボッケと呼ばれる泥火山の森

蝦夷松の原生林が広がる山麓

船はそのそばを

ゆっくり滑りぬける

地球がエネルギーを噴出してできた

このカルデラ湖は

幾万年もの間 

水を蓄え

「まりも」という

水性藻類が生き残った

 

 

 

 


 

 

「開拓の痕跡」

 

北の大地に生きた人々

何世代にもわたり家業を営み

農耕に励んだ歴史

冬はあくまでも厳しく

家の中まで

吹雪が押し寄せた

嘗ては

馬や牛の力で開拓し

今 

主役の大型トラクターが

大豆や砂糖ダイコンを収穫する

広大な農地に圧倒された旅人達は

それでも

開拓の痕跡を求め彷徨う

 

 

 


 

 

「カルデラの水」

 

どこにでもありそうな駐車場

そこから階段を数段上った刹那

現れた大きな贈り物

太古の昔

火山活動で地上に亀裂が入り

何百年もかかって巨大な水瓶になった

紺碧の夏空に雲が流れ

湖面にその姿を投影する

あくまでもエメラルドグリーン

誰も寄せ付けない湖は

変わることなく輝き

その中に吸い込まれそう

 

この光景は地球が造った恵み

立ち尽くし

時を忘れたいと願う人々も

バスの中に消えた

 

 

 


 

 

「峠の雲」

 

 

 

 

それは風というより

必要な酸素だけが

湖面から吹き上げてくるアトモスフェア

なだらかに広がる熊笹

ところどころに限界点のような

蝦夷松が現れる

ようやく生き残った者たちが

ポツポツと風に吹かれて立ち尽くすさまは

まるで取り残された兵士のよう

巨大な積乱雲が見える限りの空間を覆い

湖面にその姿を映す

中島の林影に覆いかぶさるように

雲のすがたが反射する

360度映写可能なレンズがあれば

この光景はもはや自然のままとなり

その中心に立った時

歓声が沸きあがるのも自然

感動を詩に託し 絵に残す

誰しもが気持ち良いと思える風景

心の中に新しい感動の出会いをもたらし

失われた魂が

この景色を糧にして蘇る

 

 

 

 


 

 

 

「森羅万象ハーモニー」

 

遠くオホーツクらしい地平線を眼下に望み

その一方で丘の上のヒマワリ畑を眺める

風は心地よく肌をなで

ブルドーザーが下の畑を耕す音が聞こえる

冬には雪がこの辺一帯を埋め尽くすに違いない

この空間も白雪の原野に戻り

訪れる人もいないだろう

ハマナスの紅がたわわに実り

森と湖が眼下に広がるこの丘にたてば

ヒトの存在は小さく見え

太古から継続したこの地理的状況が

作物を作ることで変貌し

ヒトの匂いが大地に

刻まれ浸透しても

変わらぬものは

大自然のもたらす

森羅万象ハーモニー

 


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