自己紹介

 私たち夫婦は、1998年4月から2001年4月まで、丸3年間、あこがれの三浦綾子さんの町・旭川に住みました。
この3年の間に、旭川では、市民運動による三浦綾子記念文学館の開館、長く病と闘っておられた三浦綾子さんの召天など、様々なことがありました。私たちも、旭川で初めてパソコンを手にし、1999年6月にこのようなホームページを思いがけず開くことになりました。
 旭川でも、ネットを通しても、たくさんの出会いを経験し、神様の不思議な計画にただただ感謝しています。  (2001年6月)

           妻(ハンドルネームはコッコ)          1999年6月

こんにちは!コッコです。私は今、三浦綾子記念文学館で楽しくボランティアをさせいただいています。三浦さんの本との出会いは、洗礼を受けた高校生の頃でした。信仰についてまだなにもわからなかった私にとって、三浦さんの本はわかりやすい言葉でいろいろなことを教えてくれました。
    
〈我いかにしてキリスト信徒となりしか〉

  さて、私がどうしてクリスチャンになったかお話しさせてください。
  中学2年生の時、一枚のチラシをもらって単なる好奇心から、初めて教会に行ってみました。第一印象は、「なんだかずいぶん地味なところだな」ということと「でも、ここはいままで知っていたどことも違う」ということでした。帰り際、「また来週!」といわれて教会って毎週行くところなんだと初めて知りました。 その後、休んだりしながらも教会へは通い続けました。でも、自分がクリスチャンになるとはまったく思っていませんでした。周りのクリスチャンのように立派にはなれないと思ったし、なにより自由がなくなりそうに思えたのです。だから、そのころの私は「一生懸命生きればそれでいいんだ」をモットーにしていました。
 でも、そんな考えがガラッと変わる日がやってきました。
 高1のある冬の夜、私は家族の言い争う声で目を覚ましました。それまで、そんなことがあるたびに私は、両親や祖父母を軽蔑していました。でも、その日はいつもと違いました。父も母も、祖父も祖母もみんな一生懸命生きてきた人たちだということにハッと気がついたのです。人間は一生懸命生きたとしても、いつのまにか自分でも気づかないうちにいくつもの縄目を作ってしまうものなのか?それじゃああんまり惨めだと泣けてきました。その時なぜか(神様からだったのでしょうね)、教会で聞いていた言葉を思い出しました。「罪という言葉の本来の意味は的外れだ」ということを。「一生懸命歩いていっても、的外れな道を行ったらいったいどこに行ってしまうのだろう。私の人生はそんなのいやー!神さま!」と布団の中で、言葉にもならない祈りをささげていました。
その日が、神様を信じ始める最初の一歩となりました。(イエス様が私の身代わりになって十字架にかかってくださったことはその後知りました。)


結婚にまつわる話〉

洗礼を受けたいと言ったとき父は、「将来結婚の妨げになるかもしれないからダメだ」と言いました。(高校生の娘の結婚のことまで親はもう考えているんだーと感動しましたけど) でも、不思議なものですね。私は信仰を持ったからこそ、今の夫と出会うことができました。
出会いは牧師先生の紹介でした(平凡な話でゴメン)。 実は私はそれまで誰にも話したことのないコンプレックスをもっていました。でも、結婚を前提としている相手にはそれを話しておかないとやっぱりいけないと思いました。何回か会いながら、でもなかなかきり出すことができません。ある時、思い切って打ち明けたとき、彼は彼自身もまた負ってきた事柄のついて話してくれ、「僕だって本当は悔しいんだ」と言いました。その時「ああ、この人は私のいたみを分かってくれる人だ。」と感じ、神様が私に備えていてくださった人だと確信を持ち始めました。。帰り道、私の心に浮かんできた聖書の言葉がありました。それは「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」。(コリント第2 12章9節)でした。後で知ったことですが、これは、夫にも以前から与えられていたみことばだったそうです。
神様は、人間がマイナスだとばかり思っていることも、難なくプラスにしてしまうお方です。私たちは弱いものだからこそ神様の恵みを味わうことができました。


〈二人暮らし〉

私たちは子供のいない夫婦です。(三浦綾子さんたちとこの点はいっしょ) その三浦さんもなにかに書いておられましたね、よく「さみしいでしょう」と聞かれ「いえ、ぜんぜん」と答えると相手に信じてもらえないみたいだと。でも、私たちもまったく同じ気持ちです。
確かにある一時期までは、「なぜだろう」と悩み、神様に祈っていました。でも、ある時、神様は人それぞれにご計画をもっていらしゃることに気づかされました。エレミヤ書29章11節には「わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは、災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」とあります。ここを読んで、神様は本当に愛の方であり、神様の動機はすべてが愛なのだということが、よく分かりました。  ある時ある人に、「子供が与えられないのはバチのせいだ。」と言われたことがありました。(その方はほかの宗教の方でした)そういわれてムッとはしましたが、バチを恐れる気にはなりませんでした。なぜなら、私の信じる神様は、この世界を創られた全知全能の神であり、私のために十字架に架かってくださるほど私を愛してくださっている方だからです。その神様が、私にとって最善のことをしてくださらないはずがありません。
 神様が私たち夫婦に立ててくださっている計画の、すべてはまだわからないけど、楽しみにしながら毎日生きています。

夫(ハンドルネームはロン)      1999年6月

 みなさんこんにちは。私はコッコの夫です。このホームページはほとんどコッコさんがコツコツと作成しました。い、いったいこの妻のどこにそんな馬力があったのかと思うほどの集中力で作成してしまいました。

  さて、私の自己紹介をしたいと思います。私はクリスチャンの勤め人です。民間会社で働いているので、週日はほとんど会社と家の間の往復で終わってしまいます。幸い土曜日と日曜日は休みなので、土曜はドライブや写真撮影を日曜日は教会で過ごすことを楽しみにしています。会社で過ごす時間も大変長く、 職場のみんなとも楽しくやっていますが、一週間ぶりに会う教会のメンバー達とのつきあいもとても楽しいものです。  

 私の生い立ちなど

 家族の中で大切に育てられ、苦労らしい苦労は経験していないといえます
 体が弱く、過保護にされて来たのが大きな問題といえるでしょうか。

 

 私はどうしてクリスチャンになったのか 

 私が洗礼を受けたのは高校2年生のときでした。教会に行き始めてから1年目のことでした。

 教会に行き始めたきっかけは当時(本当に古い話です)武道館でキリスト教の大きな集会があるということで、クリスチャンの親戚からその集会の切符をもらったことです。
「私(イエスキリスト)は道であり真理であり命である」と聖書が宣言していることを知りました。誰もイエスキリストを通してでなくては永遠の命を得られないというのです。・・・そんな馬鹿な??と思う一方でもしかしたらこの教えは本当かもしれないと思って、近くの教会に出席することにしました。

 一年近く教会に通って、教会での友人もでき、楽しい高校生活を送っておりました。
 そんな時に中高校生向けに聖書の話を分かりやすく語る集会が夏の暑い盛りの日に開かれました。
 講師の先生は十字架の上でキリストが叫ばれた「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ(我が神、我が神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか?の意)」を取り上げて、これこそイエスキリストが救いようのない人間=滅びてしまう人間に対して全人格をかけて感情移入されたのだと話されたのです。 人間のために神様が命を捨てる?こんな不条理、こんな説明のつかない話があるだろうか?と考えたのですが、確かに私という小さな存在のために命をかけてくださるのはイエス様だけだ。この神様に従うのは、決心を表せば良いだけだ と考え直して,その時キリストに従うことを決意しました。 私は十字架の上から私の名前を呼んでくださったイエスキリストにその時お会いしたといえるでしょう。それ以後私はずっとクリスチャンです。


社会に出てから

  体力のない私でしたが、イエスキリストはそんな私を癒して下さったようです。
会社の仕事はハードですが、今では会社の誰も私が病弱だったといっても大笑いすることでしょう。

 そうは言っても、実は就職してからしばらくはコンプレックスがつきまといました。
 どんなコンプレックスかというと恥ずかしながら言っちゃいますとね、進みたい学校を受験もできなかった、やりたかった(かもしれない)スポーツをできなかった、本当は違う職業に就きたかったのに体力面が心配でトライも出来なかったのです。このことへのコンプレックスです。私はなにかをする前にすでに挫折を味わっていたのです。

癒しについて

  良く体が強くなることを癒しと考えますが、本当に癒しを必要としているのは魂そのものです。魂の癒しとは「私がそこから離れられなかった=後ろ向きにこだわって決して前を向かせないもの」からの解放です。それは「人を恨む心」だったり「自己憐憫」だったり「許せない心」だったりします。それらから魂が解放されたときに初めて心から「生まれてきて良かった」と思えます。人が生まれてきた本当の目的は「他の人に祝福を与えるため」だと知りました。この解放はイエスキリストを本当に信頼するときに初めて与えられるものです。「イエスキリストが私を愛してくださっている。同様にイエスキリストは他の人をも愛していらっしゃる。」このことが判った時に初めて囚われの気持ちから解放されました。かえって私が病弱であったために、今の信仰が与えられたことに感謝しています。

  この方(イエスキリスト)以外には、誰によっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。                                               使徒の働き4章12節