詩集:「天国からのメール」から

  by幸田比呂

 

.「もみじ」

.「天国からのメール」

.「ポチの冒険」

.「ランチタイム;がん患者その後」

.「命の九年」

.「過呼吸―見えない放射能」

 

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「もみじ」

 

寒風の中

手をつないで買い物に出かける

大通りを通過する車の

ヘッドライトが輝く

アッ!トヨタだーと

まだ2歳の子供が叫んだ

 

消防署の前を通ると

赤い車が何台も待機している

大きいのが

はしご車だと教えてくれる

 

神社のわきを通り

秋になるとサルスベリの花が咲き誇る

蝉坂(せみざか)を下る

その途中にある中華の店に立ち寄り

餃子を5人前買い

家路に戻る夕闇の街

 

小さなモミジのような

孫の手が

しっかりと

僕の指にしがみつく

 


 

 

「天国からのメール」

 

父が死んだ

生前メールに凝っていた

どこに行ってもメールを送ってくる

自分の日記までメールで子供に送る父

返事がないと又メールが来る

 

夜寝たかと思うと

布団の中でメールを送っている

夜の2時ころに送ったら

すぐ帰ってきたと喜んでいた父

 

相手もそんな時間に

寝ないでメールを見ていたのだ

その友が死んだあと

父はどう対応したのだろう

アドレスは残っているので

まだ送っていたのだろうか

そんな父も

穏やかに天国に行ってしまった

 

ふと自分の携帯をのぞいたら

父からの古いメールがいくつも残っていた

その一つ一つを読んでいると

ぼくはまだ

父が生きているように思えた

 

 





「ポチの冒険」

 

隣に住んでいた

やさしい小母さんが

引っ越した

 

ポチは知っていた

小母さんの家が

どこにあるのか

 

さあ今日は行くぞ

ーとポチは思った

歩き出すと

隣の双子がついてきた

まだ2,3歳の男の子達だ

 

田圃の畦道を歩くと

二人はよちよち歩いてくる

ポチは振り向きながら

二人をみて

うんいいだろうと思った

 

前に踏切がある

黒い煙を出す

機関車はまだ来ていない

ポチはそう思うと

ゆっくり踏切を渡った

 

双子は手をつなぎ

ポチの後について行った

いよいよ小母さんの家はもうすぐだ

 

ポチは家の前で

大声で叫んだ

 

すると

小母さんが出てきて見ると

幼い子供が二人

ポチのそばにいる

 

小母さんを見たとたん

子供達は大声で泣き出した

 

ポチはそれを見て

私が連れてきたのよと

ワンワンワン

ーと三度叫んだ

 



 

「ランチタイム;がん患者その後」

 

癌センター通いが

もう8年になった

築地市場を見下ろす

最上階のレストラン

ここで

いつも健診後のランチ

 

昼食を抜いてきたので

から揚げ定食を注文し

セットのコーヒーをすする

 

かつて入院したこの建物は

何か別宅のようにも思われ

くつろげる一角が

見晴らしのいいこの場所だ

 

隅田川を悠々と行く観光船

豆粒のごとき人々が散策する

場外市場

競うように乱立した

高層ビルの上に

夏雲が悠然と体を広げる

 

命が毎日のように

もだえ苦しむこの場所でも

人々の希望は

あの雲のように果てしない

 

 



 

 

「命の九年」

 

彼女が我が家に来てから

もう9年になる

今日が誕生日だ

 

癌を宣告されたとき

ふと思った

入院しても犬が居れば

妻も寂しくないだろうと

この子の一年は私の一年として

記憶の中にしまい込まれた

 

あっという間の時の流れ

大型犬のように

急激に成長しないので

何時までも

子犬のままのような気がしたが

もう熟女を過ぎ

老年期に入りかけている

 

自分と同じだけ

年を重ねたのだと

同類のような感慨にふける

 

私の膝の上で昼寝をし

真っ白い柔らかな毛皮から伝わる

幸せな暖かさ

 



 

 

「過呼吸」

 

もう何十年経ったことだろう

弟が福島に住んでから

 

あの時から1年が過ぎ

放射能で汚された大地を相手に

格闘の毎日を送る弟よ

 

村の世話役を躊躇わず引き受け

あれこれと毎日せわしなく

走り回る

草を刈り

除染作業に加わり

シーベルトのデーターをまとめる

 

様々な風評被害と

マスコミの情報に振り回され

役所の対応を嘆く

 

毎日酒をあおり

見えない敵と

加害者である電力会社にいきどおり

ついに

息も絶え絶えになってしまった

 

救急車で運ばれ

安定剤を処方され

精神科医によって

ストレス・シンドロームの

診断を受けた

 

事故中心地から離れていても

こんな犠牲者が出てしまうのだから

家や土地を追われた人々は

毎日やりきれない思いと

将来の不安に

眠れぬ日々の繰り返し

疲れ切り

考えることすら止め

働く気力も奪われる

 

薬と休養が必要と

ヒトにとって大切な

労働の恵みからも切離される

 

もういいから休みなさい

他人の為

村の為と思わなくていい

 

あなたがしばらく

このことから解放されれば

家族も楽になる

「弟を褒めてください」と

親兄弟は叫び

平安を祈る

 

 



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