by幸田比呂
1.「もみじ」
2.「天国からのメール」
3.「ポチの冒険」
4.「ランチタイム;がん患者その後」
5.「命の九年」
6.「過呼吸―見えない放射能」
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寒風の中
手をつないで買い物に出かける
大通りを通過する車の
ヘッドライトが輝く
アッ!トヨタだーと
まだ2歳の子供が叫んだ
消防署の前を通ると
赤い車が何台も待機している
大きいのが
はしご車だと教えてくれる
神社のわきを通り
秋になるとサルスベリの花が咲き誇る
蝉坂(せみざか)を下る
その途中にある中華の店に立ち寄り
餃子を5人前買い
家路に戻る夕闇の街
小さなモミジのような
孫の手が
しっかりと
僕の指にしがみつく
父が死んだ
生前メールに凝っていた
どこに行ってもメールを送ってくる
自分の日記までメールで子供に送る父
返事がないと又メールが来る
夜寝たかと思うと
布団の中でメールを送っている
夜の2時ころに送ったら
すぐ帰ってきたと喜んでいた父
相手もそんな時間に
寝ないでメールを見ていたのだ
その友が死んだあと
父はどう対応したのだろう
アドレスは残っているので
まだ送っていたのだろうか
そんな父も
穏やかに天国に行ってしまった
ふと自分の携帯をのぞいたら
父からの古いメールがいくつも残っていた
その一つ一つを読んでいると
ぼくはまだ
父が生きているように思えた
隣に住んでいた
やさしい小母さんが
引っ越した
ポチは知っていた
小母さんの家が
どこにあるのか
さあ今日は行くぞ
ーとポチは思った
歩き出すと
隣の双子がついてきた
まだ2,3歳の男の子達だ
田圃の畦道を歩くと
二人はよちよち歩いてくる
ポチは振り向きながら
二人をみて
うんいいだろうと思った
前に踏切がある
黒い煙を出す
機関車はまだ来ていない
ポチはそう思うと
ゆっくり踏切を渡った
双子は手をつなぎ
ポチの後について行った
いよいよ小母さんの家はもうすぐだ
ポチは家の前で
大声で叫んだ
すると
小母さんが出てきて見ると
幼い子供が二人
ポチのそばにいる
小母さんを見たとたん
子供達は大声で泣き出した
ポチはそれを見て
私が連れてきたのよと
ワンワンワン
ーと三度叫んだ
癌センター通いが
もう8年になった
築地市場を見下ろす
最上階のレストラン
ここで
いつも健診後のランチ
昼食を抜いてきたので
から揚げ定食を注文し
セットのコーヒーをすする
かつて入院したこの建物は
何か別宅のようにも思われ
くつろげる一角が
見晴らしのいいこの場所だ
隅田川を悠々と行く観光船
豆粒のごとき人々が散策する
場外市場
競うように乱立した
高層ビルの上に
夏雲が悠然と体を広げる
命が毎日のように
もだえ苦しむこの場所でも
人々の希望は
あの雲のように果てしない
彼女が我が家に来てから
もう9年になる
今日が誕生日だ
癌を宣告されたとき
ふと思った
入院しても犬が居れば
妻も寂しくないだろうと
この子の一年は私の一年として
記憶の中にしまい込まれた
あっという間の時の流れ
大型犬のように
急激に成長しないので
何時までも
子犬のままのような気がしたが
もう熟女を過ぎ
老年期に入りかけている
自分と同じだけ
年を重ねたのだと
同類のような感慨にふける
私の膝の上で昼寝をし
真っ白い柔らかな毛皮から伝わる
幸せな暖かさ
もう何十年経ったことだろう
弟が福島に住んでから
あの時から1年が過ぎ
放射能で汚された大地を相手に
格闘の毎日を送る弟よ
村の世話役を躊躇わず引き受け
あれこれと毎日せわしなく
走り回る
草を刈り
除染作業に加わり
シーベルトのデーターをまとめる
様々な風評被害と
マスコミの情報に振り回され
役所の対応を嘆く
毎日酒をあおり
見えない敵と
加害者である電力会社にいきどおり
ついに
息も絶え絶えになってしまった
救急車で運ばれ
安定剤を処方され
精神科医によって
ストレス・シンドロームの
診断を受けた
事故中心地から離れていても
こんな犠牲者が出てしまうのだから
家や土地を追われた人々は
毎日やりきれない思いと
将来の不安に
眠れぬ日々の繰り返し
疲れ切り
考えることすら止め
働く気力も奪われる
薬と休養が必要と
ヒトにとって大切な
労働の恵みからも切離される
もういいから休みなさい
他人の為
村の為と思わなくていい
あなたがしばらく
このことから解放されれば
家族も楽になる
「弟を褒めてください」と
親兄弟は叫び
平安を祈る
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