「筑波山の影」から

幸田比呂詩集

 

―目次―

 

.「南の島のごとく」

.「山椒魚の面影」

.「加波山のススキ」

.「みぞれ」

.「灼熱スイカ」

.「雑草取り」

.「農婦」

「ヒコバエの命」

.「筑波山の影」

 

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「南の島のごとく」

 

まるで南太平洋の離れ小島で

日光浴しているようだ

昨日の初雪で

周辺の畑が一面銀世界になった

ベランダの向こうに見える杉林越しに

昇りくるお日様を眺めて朝食

 

あまりにも太陽がまぶしいので

ヒマラヤで使ったサングラスをかける

それでもまぶしく

瞳孔の中に強烈に差し込む

雪に反射したプリズム粒子は

あたかも砂浜の浪間に注ぎ込む

ピカピカ反射する波のようであり

あの記憶に刻まれた

南の島とのシナジー

サングラスを通過したエネルギーは

眼底まで燃やしそう



 

 

 

 

 

 

「山椒魚の面影」

 

山椒魚が住んでいたという

その山を歩く

記念碑が

存在した事実を残し

山々は杉の森に囲まれ

その沢だけが静かだ

 

木漏れ日が差し込み

この空間には

やってくるハイカーと

記念碑だけ

 

冬の太陽が

温度差を与えるこの奥山に

沢を流れる水は少量でさびしい

リーンとした音が

常緑樹の幹に跳ね返り

その音と

自分の耳鳴りとの

区別がつかないまま

冷たい御影石に

じっと座って

かつて存在したものの

姿を思い浮かべる


 

 

 

「加波山のススキ」

 

“真鍋町長岡2.7キロ””

―と書かれた道標

この峰沿いに

造られた車道に出たとたん

明るい太陽が

冬空から注ぎ込む

 

頭をからっぽにして

愛犬の後についてゆくと

野生の血が騒いだのか

跳ねるように登ってゆく

小型犬の姿が林の中に躍動し

 

 

突然開けた林道にたどりつけば

頭を垂れたススキの群が

優しく迎えてくれた

 


 

 

 

 

「みぞれ」

 

突然空が真っ黒に変化し

小雨が雪に変わったとたん

みぞれが降りだした

あわてて庭に駆け出し

先ほど覆いを取ったばかりの

ビニールを小さなハウスにかけた

みぞれの後はまた雪が

斜め向こうから降り出した

この辺では珍しい今年初めての雪

何とか厳冬を生き延びている

ネギやルッコラの緑が

しだいに真っ白に変わってゆく

いつも堂々とした

向こうの杉林も

今日は何やら冬眠中にもみえる

昼とはいえ不気味なほど

冬雲に覆われ

白夜が到来したかのような

幻想のなかで

窓越しに変化する風景は

誰にも止められない

 

 



 

 

「灼熱スイカ」

 

あんなにも日照りが強いのに

耐えるというより

耐え忍ぶ時をすごす

スイカ(西瓜)よ

 

もう体温は40度を超え

滴る汗もなく

じりじりとした熱暑だけが

彼女への贈り物

 

鮮血のような肉が体の中で成熟し

縞模様は身体の目印

 

遠く離れた祖先の地

アフリカを思い出す

 

雨の恵みは程遠く

ただ太陽がじりじりと

体を沸騰させているのに

彼女は

なされるままに

灼熱地獄の大地に生きる

 



 

 

 

「雑草取り」

 

雑草を取っていた

取るというより頑丈な手袋をはめた手で

ひっこぬくという感じだ

 

ほとんどが乾燥に強いメヒシバだ

地面を這うように分枝する

暑い夏の最中でも

土に根を張りめぐらし旺盛に育つ

 

彼らを引き抜き

山のように積み上げる

ハハコグサやポーチュラカ

カタバミなども生きているが

メヒシバのような元気さはない

 

隣の畑で作業する農夫に

このへんでメヒシバを何というかと尋ねた

しばらく考えて彼は

ただの草だーという

そうだ草なのだ

作物を毎年作る人にとって

草の名前など気にしない

それほど懸命に働くのだ

 



 

 

 

 

「農婦」

 

梅雨が明けた

強烈な太陽が

地上に降り注いだ水分を

乾かし始めた

広い芝生を

農婦が麦わら帽子をかぶり

雑草取り

日射病になるのではないかと

思われるこの天気に

婦人は黙々と腰を前かがみにし

一日中草を抜く

 

除草剤では駆除できない

イネ科雑草

軽トラックでやってきて

お昼休みに家に戻り

また午後から作業の継続

 

40年前に嫁に来た時に勧められて

運転免許を取ったという

 

会話を交わしている

そのそばを

自転車の荷台に

鍬を括り付けて走りすぎる

別の農婦がいた

 

 

 

 






 

 

「ヒコバエの命」

 

お米はどこから採れるのかと子供が聞いた

田んぼの中で育つんだよーーと

母親が答える

あぜ道に刈り取られたイネの茎が残り

その中に若芽が茂り始めた

霜の降りる寒々としたこの時期に

何とまた実を付け始めた

昔はこのコメも収穫したものだと

年配の農夫が語るヒコバエ達

 

落穂を拾ったヨーロッパの絵が

脳裏にこみ上げ

どこの国でも収穫物を大事にする

やもめが落穂を拾う権利のあることが

ある国では当たり前だった時代もあった

感慨を込めて田んぼを眺めていると

実ったヒコバエがトラクターで

土の中にすき込まれた

 

 

 




 

 

 

「筑波山の影」

 

大宮を出て東を望めば

つくばの峰

加波山からこの峰まで

緩やかな尾根がつづき

途中で街道に出会う

象徴的な男女の頂上が

その姿を見せ

今にもそこにいるような

錯覚に捉われる

あの冬の最中

深山に大樹が茂る山道を

白い息を吐きながら登った

山伏姿の男が

ほら貝を吹きながら降りてきた

その記憶が脳裏をかすめ

感慨に浸っている暇もなく

地平線の彼方に

秀峰は消えた

 

 




 

 

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