幸田比呂詩集

「馬捨て場」から

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―目次―


「日向ぼっこ


「桑の木:パート1」


「先祖の島に来て」


「オレタチの子孫」


「孫」


「齢(とし)」


「桑の木:パート2」


「馬捨て場」


「残すものたち」


「散歩の夫婦」

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「日向ぼっこ」


すごい


太陽がこんなにも


冬空に朝日がのぼり


ガラス越しに陽光が差し込む


久々に太陽に背を向けてその光を浴びる



すごい


たちまち背中は熱を帯び


まるで真夏の空の下にいるような


暑さが襲う


この素晴らしい天然の恵みを


体感できる今がある


じわじわと


体中を突き抜けるような


エネルギーが与えられる



「日向ぼっこ」という


老人の特権


かつて縁側で煙草をくわえ


静かに天を見上げて


おひさまに対峙した老人たちの背中が


ふと記憶の片隅から蘇った



同じ年に自分がなり


ガラス越しの冬の太陽をあびている姿は


先人たちと同一の満足感






「桑の木:パート1」


二十五年前ここ住んでいた


今日訪ねると


彼女はまだ家の裏に繁っていた


あの頃何処からか飛んできた種から


小さな桑の木が育った



ほとんど気にしないまま


というよりその存在すら忘れたまま


月日が流れた




巨大な桑の木がそびえたつ


あちこちから分枝して


巨木に多くの手がはえた


あるものは自らの重さに耐えかねて


折れて腐り


あるものは若若しい葉をつけて


縦横に侵出する



足元に繁茂する笹の群落を


まるで従者のように見下ろして


領地を拡大する



天空に張り上げた太い枝は


電線を覆い


人間の世界と競合しはじめた



大きな鎌で枝を切り取っても


まだまだ


大樹はびくともしない


そのうち諦めかけて


ふと近くを見ると



小さな子供たちが


育ち始めている


あと二十年もしたら


親のような巨木になるだろう

「それを私はどこから見ているのだろう」






「先祖の島に来て」


長年の夢だった


瀬戸内のど真ん中に浮かぶ島


伊予北条から船で40分


島が浮かぶ



暖かい冬空が輝く


やさしい風に乗って


ゆるゆる揺れる波



67トンの船が人々を運ぶ


厚い防寒具を付けた釣り客


法事の花束を抱えた人々


島で亡くなった


父親の納骨日だ


さまざまな思いを乗せた


小さな船が


波を分けて進む



「中島」を左に見て


「アイジマ」が現れた


防波堤のすぐ近くに


寄り添うように建つ20数戸


住人を持たぬ家が


崩れ始める






「オレタチの子孫」


伊豆の熱川で健やかに


十数年もの歳月が流れた



細胞を取り出して


試験管の中で融合させる


人口雑種の誕生だ


もう何十年も前のことだ



今 柑橘の子孫が誕生した


鮮やかなオレンジ色に輝き


薄い皮をめくれば


何と不思議なアロマが


口中に漂う


何種類ものミカンが


同時に爆発したような


味と香りが漂う



交配を重ねた品種は


カラタチ台木に接ぎ木され


すくすく育つ


世界に一つしかない


遺伝子の組み合わせを


味わうのは贅沢か






「孫」


孫が来た長女は5歳


今年3月生まれた長男は


もうハイハイする


泣き笑い食べ眠るーーー


この自然の作業を毎日繰り返し


大きくなる



顔の形も誰かに


似たり似なかったり


遺伝子はどこでどう働いているのか


共通性が気になる



子供たちのエネルギーに


圧倒されているのは老いの証し


抱きあげようにも


腰への負担が気になる



何十年も前の自分を思い返せば


よくこれだけ元気な子供を相手に


生きてきたーーと感心する






「齢(とし)」


風邪でもう2週間近く寝込んでいる


いつも寝ているわけではないが


仕事を仕上げ


課題をこなしてゆくのが仕事だ



最初の4日間はのどと咳の薬


そのあとの4日間は抗生物質が加わった


台風がやってきてゆっくり低気圧状態


これも気分をふさぎこませる


岩手に行ったが二泊して帰ってきた


どうも様子が変だと他人にも言われ


休むことにした



考えてみれば良い年齢だ


自分が特に強い訳でもなく


どちらかといえば


何となくもっているのだ


運動もしばらく休み


主治医の名言は


「運動は元気な時にやるものだ」



家族みんなが


風邪で寝込んでいる今週は


愛犬だけが元気を持て余している


イヌ属には人のウイルスは感染しないのか




「桑の木:パート2」


裏に桑の木が有ったらしい


札幌へ引っ越しする時


全く気がつかなかった



20年後の今


大樹がそびえる



緑の手のひらのような葉が


天空を覆い


夏の暑い日光を遮る


枝は分かれて電信柱を追い越し


電線をひっかけたまま成長する



有る枝は自分の重みに


耐えかねて折れる


折れたそばから


又新しい枝が伸びて空を覆う



じわじわと攻めてくる笹は


この大樹の陰でじっとしている



「クワクワ」とオスのキジがなく


時々カラスがやってきて


脅しをかけるように


軍団で泣きわめく


鶯も鳴く山里



なんとものどかなおおらかな大樹を


窓越しに眺めていると


心は平和






「馬捨て場」


家の裏に林がある


その隣に

草だらけの空間がひろがる


ある日農家の主人が


「あそこは昔死んだ馬を捨てた場所だ」


ーと教えてくれた


家畜が死んだときの埋葬場だった


ところが村人は


まるでゴミ捨て場のように

不要物を捨てに来る


「不法投棄禁止」の看板をしり目に


投棄は今もつづく



ゴミのクリーン作戦開始だ


燃えないゴミをいくつもの袋に詰めた


長い蛍光灯は町の分別場に持っていった



いつの間にか


捨てられるごみが減ってきた


手製看板が効果を表した


「環境美化実施中」


「クリーン作戦中」


笹竹にホッチキスで止めた


標語が風になびく







「残すものたち」


梅雨になった


裏の森でキジが又鳴いた


しとしとした雨だ


九州では集中豪雨とラジオが伝える


ベランダに出てシャベルで雨道を作った


普段湿り気の無い土が黒々してきた


水を吸い生きがえったと


ジャガイモが叫んでいる



背ほどに伸びた


ソラマメの緑のさやを取ると


中に良く実った子供らがいる


ルッコラも厳しい冬を乗り越え


今豊かな鞘をつけ始めた


自らが凍りついたあの頃


ようやくやってきた暖かい春


そして早めの梅雨空の中に


生き物たちは


子孫を残そうと懸命だ






「散歩の夫婦」


朝いつも決まった時間に


散歩に来る夫婦がいる


我が家の前で一休みする夫



アルツハイマーと糖尿病だと妻が言う


大工が家業で


村の家はほとんど彼の作品だ


夫の様子から80歳近い


爺さまかと思っていた


今日聞いて見ると


何と60歳台という



妻は


婆さまを看取り


「今はこの人の世話だけだ」という


彼女も夫と同い年


「私の世話を誰が見るのだ」


―とつぶやく声が風に舞った

poem――――――――――――――――――――――――end


     
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